その日、パパはダイニングで仕事をしていた。
娘はリビングでいつもの先生とレッスンをしていた。在宅ワークだから、壁一枚向こうでレッスンの声が聞こえてくる。いつもは「ながら聞き」程度だが、その日は違う声が聞こえた。
「What’s your favorite food?」
娘の声だった。
娘が先生に質問した。自分から。英語で。
パパは手を止めた。いつも先生が娘に「What do you like?」「How are you?」と質問する側で、娘は答える側だった。ずっとそうだった。
それが逆になった日だった。
先生は笑顔でアドボというフィリピン料理が好きだと答えた。娘が「アドボ?」と聞き返すと、先生はチキンとしょうゆで煮込んだ料理だと英語で説明してくれた。
娘は「Chicken? 知ってる!」と言って笑った。
その後、先生と娘が食べ物の話を10分くらいしていた。先生が主導するいつもとは違う、娘が引っ張る流れになっていた。
レッスンが終わった後、娘は「先生にアドボって何って聞いたら教えてくれた」と言った。
パパが「自分から聞いたじゃん」と言ったら、娘は少し照れた顔をして「だって気になったから」と言った。
気になったから聞いた。英語で。
その「気になったから」が自然に英語の質問になるまで、しばらくかかった。
パパ
英語が「使うもの」になる瞬間は、親が「教えた」からじゃなくて、子どもが「聞きたいこと」を持ったときに来る。
娘に「英語、楽しくなってきた?」と聞いた。
娘は「まあ、先生によっては」と答えた。
全部が楽しいわけじゃない。先生が変わると「今日の人、ちょっと苦手」という日もある。それでも「気になったから聞いた」が英語で出てくるくらいには、英語が娘の中でそれほど遠いものじゃなくなってきた。
始める前、「英語って難しいからパパでも無理なのに娘にできるのか」と思っていた。続けてみた今は、「できる・できない」より先に「やりとりができている」という状態になっている。それが一番変わったことだと思う。
ちなみにその日の夕食に、パパは「アドボって何か知ってる?」と娘に聞いた。
娘が「チキンとsoysauceの料理だよ、先生が教えてくれた」と答えた。
日本語と英語が混じった説明で、完全にはわかっていなかったけど、それでいいと思う。
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